2017/04/04 NEWS

粛粲寶の茨城での終の棲家に案内して戴きました!

茨城で現在開催されている「粛粲寶展」を観に出張した際に、粛粲寶の唯一のお弟子さんである中山青空子様に「粛粲寶の家を見て行くか?」と云われ連れて行って戴きました。

 

粛粲寶は長らく住まわれた東京都杉並区久我山の地から87歳の時に茨城県内に転居し、その地で没しました。

思っていた以上に広い敷地の家でした。そして考えていた以上に近代的な家屋でした。

移住したのは平成元年のことですので、今から30年近く前だとはいえ、モダンな家に住んでいたとしてもちっともおかしくないのですが、やはり私のイメージとしてはTHE昭和な日本家屋なのでありました。

 

植栽も今は取り払われたであろう広い庭に、ニョキリと2列に並んだ石仏の数々に驚いてしましました。久我山から移したのだそうで、20体位あるのですよ。

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やっぱり久我山ではそのような風情あるお屋敷に住まわれていたのでしょうね。きっと、此処でも趣向を凝らした庭造りがなされていたことでしょう。

 

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母屋の隣に離れの平屋があり、「白楼坊」の看板が掛けてありました。

ここがアトリエだったのねと思い、中山様に聞いてみたところ、アトリエは母屋の方にあったとのこと。この看板、当時は母屋の方に掛かっていたそうです。勿論、この字を書かれたのは粛粲寶ですよね。

ちなみにですが久我山では「箕踞庵(ききょあん)」と名付けられていて、たまにそれが記されている絵もあるのですよ。

 

中山青空子様、貴重な所に連れていって戴きまして有難うございました。

尚、家の外観から場所が特定されない様に配慮致しました。

 

茨城での「粛粲寶展」は

坂東郷土館ミューズに於いて2月25日~5月28日まで開催されております。

途中、展示替えをするそうですので、もうすぐ前期展示は終了でしょうか?

後半展示も愉しみです◎

坂東郷土館ミューズHP

http://www.city.bando.lg.jp/page/page003655.html

 

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